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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)1551号 判決 1950年6月29日

被告人

赤川正

主文

原判決を破棄する。

本件を長崎地方裁判所に差戻す。

理由

検事吉永透の控訴趣意について。

原判決は被告人が本件薬品をその仕入原価の四倍位で長崎県対馬において販売する目的で所持していた事実を認定していることは所論のとおりである。又原審の取調べた所論の証拠によれば所論のように、被告人は対馬における密輸出業者に朝鮮向密輸出物資として該薬品を販売する意図であつたことが認められる。ところで物価統制令第十三条の二(第十条)の暴利行為を目的とする物品の所持違反が成立するには、暴利を得てその物品を取引することが客観的に可能でなければならない。それは同条が暴利行為を目的とする物品の所持を禁止する所以は、かような目的で物品を所持するものはやがてこれを暴利行為に供し、ひいて一般物価の騰貴を馴致する危險があるからであつて、暴利行為を目的として物品を所持しても、客観的に暴利行為の可能性がなければ一般物価を騰貴せしめる危險もないからである。しかるに原審の取調べた各証拠を請査するに、本件薬品を対馬において朝鮮向密輸出物資として販売する場合に、暴利を得て販売することが果して可能であるか否か明でないから、原審の審理の程度においては本件犯罪の証明がないことに帰する。従つて原審の認定に事実の誤認があるという論旨は結局理由がない。

しかし職権を以て更に調査するに、原審は被告人が本件薬品を対馬で販売する目的で認可価格の半値で買入れ、且つ対馬にこれを特参すれば仕入値の四倍位に売れることを期待していた事実を認定しながら、本件薬品は都市においては売れ行不振の品で認可価格以上に販売する見込みのなかつたこと及び本件薬品の一部を五島で販売した際の価格が仕入価格の半額であつたことを認定した上、これを根拠として本件薬品が被告人の持ち廻つた範囲においては認可価格以上に売れるものではないことは明であると説明し、対馬における取引価格等については何等の具体的判断を示さずして、被告人が暴利となるべき価格で取引する目的で本件薬品を所持したことを確認すべき犯罪の証明がないとして被告人に無罪を言渡したのである。しかしながら都市又は五島における取引価格は必ずしも対馬における取引価格と同一に論ずることはできないのであつて、殊に控訴論旨に関し説明したとおり、被告人は対馬において密輸出業者に朝鮮向密輸出物資として販売する意図の下に本件薬品を所持していたのであるから、同地でかような密輸出物資として幾何の価格で販売し幾何の利益を挙げ得るかを審理せず、単に都市又は五島における取引価格を論議するだけで犯罪の証明がないと断定したのは、理由不備の違法を免れない。

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